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フレンチ・ウィンドウ デュシャン賞にみるフランス現代美術の最前線 [アート]

遅ればせながら六本木ヒルズ森美術館
フレンチ・ウィンドウ展を見ました。

3月から開催されていた同展は、
毎年三月に開催されている六本木アートナイトの
核となるはずの展覧会で、毎年欠かさず通っている私としては、
本来であればそのときに観ていたはず。

震災で六本木アートナイトが中止になり、
その後もなんとなく美術館に行くような気持ちになれず
(なんでだろう?)、そのままになっていました。

震災・津波・交通麻痺・原発事故・電力不足・経済の停滞…
3月11日からなんとなくぼんやりと暮らしていた私にすら、
このままでいいのだろうかという、そんな気持ちがふつふつと芽生えています。

「アートになにができるのだろう」
そんな、答えの出そうにもない命題も心に浮かびます。

3月に見るはずだったなと思いながら、
森美術館のエレベーターを上がると、こんな天空美術館が
存在している意義は、はたして?とも考えてしまいました。

実際、森美術館のHPには、震災の影響による
展示作品の変更のお知らせが。

地震国の日本で高層ビルの最上階にある美術館への出品に
懸念する作家やコレクターがいたのではないでしょうか。

私にとってラッキーだったのは、
この変更で、本来出品されるはずではなかったらしき作品が
お気に入りの作品・作家になったことです。

Cleste Boursier-mougent "from here to ear゛

http://www.artwhatson.com.au/qag/21st-century-art-in-the-first-decade/from-here-to-ear-version-3

インスタレーションですが、
今回は映像での展示。

大きな鳥かごに、無数のワイヤーハンガー。鳥が動くたびに
音が奏でられます。

鳥がつむぐ偶発的な音楽。

なんだか詩的な作品だなと思いました。

芸術の中でも、現代美術は、
難しい、わけが分からないと敬遠されがちですが、
こんな詩的な時間をただ感じる、考えるのではなく
感じることが出来たら、構えること泣く楽しめるのでは
ないでしょうか。














 














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アートが教えてくれること 『100,000年後の安全』  [映画・DVD]

『100,000年後の安全』
10万年後の安全をどんなにまじめに考えても、
どんなに真剣に語り合っても、答えが出ない。
まるで、とんちか、シュールなギャグにしか聞こえない
問答が繰り返されます。
「忘れ去ることを忘れてはならない。」
この言葉、矛盾してますよね。
でも、まさに人類が直面する矛盾がそこにあるのです。
このドキュメンタリー映画は、フィンランドに建設中の
世界で始めての高レベル放射性廃棄物の
最終処分施設「オンカロ」を描いたものです。
びっくりするような本当の話として、
世界にはすでに、25万トンもの、高レベル放射性廃棄物があるのに
まだどこにも最終処分施設がないのです。
唯一、場所や設計がほぼ確定し、実際に工事が進んでいるのが
この映画で描かれるフィンランドのオンカロ。
オンカロとは、洞窟という意味で、
地中深く掘った穴に、廃棄物を埋め、
埋め戻して10万年後まで、安全に保管するための施設です。
2020年から、創業を開始する予定で、約100年間分の
廃棄物を入れた後、蓋がされます。
ここで、議論が起こります。
10万年後、その途中の1万年後でも、2万年でもよいのですが、
その未来の人類にオンカロが危険だと、どう伝えるか?
10万年前、まだヨーロッパには、ネアンデルタール人が暮らしていました。
10万年前の人類と、今の人類では、同じ言語を持っていないのです。
それに、「危険だから入るな」と張り紙をしたら、
絶対に入ろうとする人が、現れるに決まってます。
(考古学者という名の人々が)
技術者たちは、本気で議論します、
言葉がだめなら、絵で伝えようと。
ムンクの叫びのように、感覚的に絶望感を味わえるのが絵だから。
科学を超えた議論が、フィンランドのオンカロを通じて
なされていきます。
ある人々はいいます。
もう何も分からないように痕跡を消してしまうほうが良いと。
偶然掘り起こす確立は、ほとんどないはず。
そのために、地中深く掘っているのだからと。
でも、そんなあやふやな確立に頼るのこと、
未来に対して責任を取ったことになるのでしょうか?
「忘れ去ることを忘れてはならない」
そんなことを、どうやって後世に伝えていくのでしょう。
この映画を監督したのは、マイケル・マドセンというアーティストです。
主に、サウンドアートや映像作品を手がけています。
アーティストが、監督してるということに、この映画の意味があるような気がします。
科学者とは違った観点で、ジャーナリストは違った目線で、淡々と映画は進んでいきます。
善悪の判断をするのではなく、考えるための映画になっていて、
押し付けがましくない、映像作品としてみても秀逸です。
(そこが、マイケル・ムーアと大違いなとこ)
人間とは何かを問うのが、芸術の使命だとしたら、
まさに、この映画は、そこを描いている芸術家の作った映画です。
原発推進派も、反対派も、一緒の部屋でこの映画を観てほしい。
心の底からそう思いました。

アップリンク
『100,000年後の安全』
http://www.uplink.co.jp/100000/

私の名前はキム・サムスン [海外ドラマ]

韓流ドラマは、もうすでに、ブームではなく、
定着してしまったようにさえ思える今日この頃。

なんせ、日本のドラマが、ここのところ本当に不作で、
今何がやっているのかも分からなくなってきました。

一昔の「冬ソナ」的な韓流ドラマではなく、
もっと幅広いジャンルのものが、日本でも手軽に
見られるようになってきました。

「私の名前はキム・サムスン」は2005年に
韓国で、大ヒットしたドラマだそうです。

ヒロインが、王道美人ではないところが、
親近感がうまれるのでしょうか。
そういえば、同じようにヒットした「宮」や
コーヒープリンス1号店」のユン・ウネも
美人というよりは、かわいい感じ。

ストーリーは、いわゆる”負け犬組”のパティシエ・サムスンが
仕事と恋の幸せをつかむまで。

もちろん、最初から誰と結ばれるのかも分かるのですが、
それでも、夢中になってみてしまう魅力があります。

コンプレックスいっぱいで、性格もかわいいとは言えないサムスンですが、
憎めないのは、一生懸命だから。

第8話で、亡くなったお父さんとの思い出のシーンでは
思わずもらい泣きしてしまいました。

恋にも、仕事にも猪突猛進。
いけてないサムスンですけど、こんなヒロインにこそ、
幸せになってもらいたい。
(だって、私が幸せになりたいから)

そんな女の子の思いが、
大ヒットにつながったのでしょう。







「そんな彼なら捨てちゃえば」 He's just not that into you! [映画・DVD]

映画「そんな彼なら捨てちゃえば」の現代は、He's just not that into you.
直訳すれば、彼はあなたに夢中じゃない、でしょうか。
そこを踏みこんで日本語タイトルを「そんな彼なら捨てちゃえば」にしたのは、
なかなかだなと、思いました。

実際、ストーリーの中で、捨てちゃえば!なのは、
一組というか、一人の男性だけなのではありますが。

捨てちゃえ!と、踏ん切りつけた、女性たちは、
みなさん、ほぼハッピーな結末が、待っています。

物語の主軸は、同じ会社に勤めるジジ(ジニファー・グッドウィン)、
ベス(ジェニファー・アニストン)、ジャニーン(ジェニファー・コネリー)の
それぞれの恋の行方なのですが、
それぞれのパートナーや、デートの相手、浮気相手などが、
絡んでの群像劇の仕立てになっています。

女子的に、つぼなのは、ジジで、
痛かわいい少女漫画的ヒロイン。

ジジとジャスティン・ロング演じるバーのマネージャー・アレックスとのエピソードは、
王道ですが、嫌味がなくて、かわいいエピソードだと思います。

アレックスは、すぐに勘違いして、男に引かれちゃうジジに
恋の手ほどきをするのですが、プレイボーイ???には、
全然みえない。本質的に悪い男じゃない。

対局は、スカーレット・ヨハンソン演じるアンナで、
彼女が幸せになる日は、ちょっと遠そうかなと。

相手がブラッドリー・クーパー演じるベンで、
こういう男がたちが悪いという典型だったりします。

女の子同士でみて、あーだこーだ、勝手に言い合うのに
ちょうど良い映画だと思います。

(誰が好みかで、その人の裏の部分がわかっちゃうかも!)

そんな彼なら捨てちゃえば、オフィシャルサイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/hesjustnotthatintoyou/


万葉集 コレクション2 [万葉集]


天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ

柿本朝臣人磨之歌集に出づ 巻7 1068

万葉集 コレクション 1 [万葉集]


最近、万葉集に魅せられています。
美しくも、素朴さを備えた、日本語コレクション


沙弥満誓の歌一首

世の中を 何物に譬へむ 朝びらき 漕ぎ去にし船の 跡無きごとし


小谷元彦展 「幽体の知覚」の幽玄の美 [アート]

六本木 森美術館 小谷元彦展 「幽体の知覚」を観る。

同世代のアーティストなので、彼の初期の作品は、
ほぼリアルタイムに観ている。

今回は、彼作品の集大成。
最近の作品まで、網羅されています。


彼の作品を見て思うのは、
コンセプト先行ではなく、
しっかりとしたテクニックを持った上での、
皮肉なり、遊びなりを入れて
現代アートしていることで、
芸術家と名乗るからには、
こうでなくては。

20_b.jpg

京都出身で、仏師になりたかったけど
芸大の彫刻家に入学した、ちょっとエリートな
経歴ですが、いろんなジャンルにチャレンジしているし、
年齢を重ねても、自分の血を作品にしてしまう
熱さを秘めていることろが、
とても好きです。


16_b.jpg

この美しい能面で、能を舞うところを、見てみたいと思いました。

グラン・トリノ じいさん万歳 [映画・DVD]

映画は、時に、新聞やテレビニュース番組よりも
真実を伝えるのです。

偏屈爺のかっこいい”生き方”を描いた
「グラン・トリノ」を観て、そう思いました。

鮮やかな展開に、お涙頂戴のめんどくさい映画と
思い込んでいた私も引き込まれていきました。

なにより、偏屈爺のクリント・イーストウッドが
めちゃめちゃかっこいい。

人種差別と貧困や格差社会、世代間の確執という
アメリカの現実をまさにアメリカ男の象徴ともいえるクリントが
演じるというのは、おもしろいというか、
クリント・イーストウッドの懐の深さを感じます。
メイキングビデオで、スタッフが、
「俳優があまりやりたがらない役柄」と語っていましたが、
それも納得がいくような、ある意味危険な役なのです。

朝鮮戦争で、イエローを何人も殺したとか、
そんな血なまぐさい話も出てくる。

息子にも嫁にも、孫にも嫌われてる。

唯一の理解者、妻を失い、犬と酒とタバコだけが、
彼をこの世につなぎとめている。

白人が去り、アジア系やアフリカ系の住民が増え
治安の悪く貧しいエリアに、世捨人のように暮らす
彼に、期せずして男としての仕事を、思い出させ、
与えたのは、モン族の隣人と、モン族の地域社会。

気の強いモン族の少女と頼りない弟の
祖父のような、父のような存在になっていくことで、
彼の日常にも、少しずつ光が差し込んでくる。

その後に訪れる、悲劇と男としての落とし前のつけ方に
覚悟はしていてもやはり涙腺が緩んでしまうのです。

モン族の少女が彼にこんなセリフを言うシーンがあります。
「弟の見本になってくれてありがとう」

男として、愛する人々をどう守るのか、
その見本を見せて彼は去っていきます。

クリントがこの脚本に映画人としての魂を
呼び起こされたのも、なるほどと思います。

ベトナム戦争でアメリカの味方をしたことで
居場所を失ったモン族の歴史や、朝鮮戦争の傷を
いまだに癒せない老人。
すでにないはずの戦争のひずみを背負う人々の
悲しい物語の中に、人の優しさや希望、
強さを描いた鮮やかな脚本!

床屋での大人の男の会話講座
工具使い方教える中盤のエピソードは、
女からみると、とてもうらやましいというか
魅力的。

ちょっとだけ、明治生まれの今は亡き祖父を
思い出してしまいました。

厳しい環境の中で生きていくためには
やはり男の強さが頼りなのです。
それは、祖父の時代の山の暮らしも、
現代のアメリカも変わらないのですね。

生きていくために重要なこと、真実を、
教えられた気がします。



欲望との付き合い方 [日々のこと]

取り立てて劇的な変化はないものの、
雑事に追われる日々。

もやもやっとした鬱憤が、
心にたまっていく。

そんな中で、ふと自分の欲望について、
考えてみた。

きっかけは、最近婚活がブームの知人が
セッティングした異業種交流会
(合コンというのが素直な言い方か…)

男性陣は、働きながら専門大学院に通っている方々。
仕事のほかに、授業に出て、レポート書いて、
チームでプロジェクトも行っているそうで。
本当に頭が下がりました。

合コン的な部分での進展があったかどうかは
ともかくとして、
大学院→修士を取るという行為が、
とても羨ましかった。

昨年、やはり博士課程(なぜかまったく専門外の分野に)に
通うといって、会社を辞めた後輩。
素直に応援できないほど、ちょっと羨ましかった。

私は、どうしたいのかしら?
羨ましい心の裏側を感じてみたら、
私がどうしたしたいか、私がどう人から見られたいかが、
わかってきた気がする。

どういうことかというと、
私は人から「頭がいい人」と思われたい。

あまり意識したことはなかった事実が
ぽーんと浮かんできた。

そうか、頭がいい人と思われたいのに、
そう思われているか確信が持てないから
いつもモヤモヤとしていて、
それを目に見える形で証明している人々が
妬ましいのだ。

もちろん、「きれいな人」とも
思われたいけど、これは、努力だけでは
なんともならない部分もある。

頭のいい人と思われたい。
という、(頭が悪いから?)
自分の欲望を満たすために、
私は、どんな努力をしているのだろう。

ぜんぜんしてないに等しい。
少なくとも他人からわかる形にはなってない。

ああ、それなりの年月を生きてきたのに、
なんてことでしょう。

欲望や努力を目に見える形に。
これをこれからの一年のテーマにしましょう。

欲望を顕在化させずにモヤモヤさせていると
何かが膿んでいくような気がします。

欲望は悪いことではなく、
生きていくためのエネルギー。

自分の中の欲望と
それを満たすための方法を考えることが
欲望との付き合い方なのだと、
そんなことを感じた今週でした。



『「ワル姫さま」の系譜学』にみる女の生き方 [読書]


鹿島茂著『「ワル姫さま」の系譜学』を読む。

鹿島せんせいのワル姫さま本の上梓の報に、
「え、いま?」と思ったのは、
講談社の女性誌「フラウ」の熱心な読者でしょう。

あとがきにもありますが、この本は、2004年に「フラウ」誌上で、
「悪女入門Ⅱ 世にも美しき『ワル姫さま』物語」をまとめたものです。

2004年から6年!やっとの上梓となったのは、
歴史考証に時間がかかったからとのこと。

1400年代から1600年ぐらいまでのフランス
さまざまな”お姫様”が登場しますが、
時代のうねりに翻弄されるか弱いお姫様ではなく
時代を作り出してしまう程パワフルな人生を送った
お姫様の人生の数々は、女性週刊誌を読むような
面白さで、一気読みしてしまいます。

個人的には、「わが友 マキャベッリ」を読み終えた後だったので、
同時期をイタリア側からとフランス側から比べる面白さ、
マキャベッリやその周辺の男性、王族以外の歴史人物たちからの視点と
女性や王族、貴族からの視点という表と裏を比べるような
面白さがありました。

たとえば、マキャベッリ達フィレンツェ人やローマの人々を
恐怖に陥れた「サッコディローマ」(ローマ略奪)の行った側の
主要人物が、この本の中にも登場します。

痴情のもつれからフランスを追われたシャルルが
スペイン軍を指揮してローマを襲い、
愛する人の婚約を聞いたシャルルが、自暴自棄になって
ローマの城壁で銃撃に合い命を落とす。
というのが、ワル姫様側からの物語で、
もちろんマキャベッリ側からは、ローマ略奪と
それに至った情けない法王軍の内幕しか描かれない。

戦争が頻発し、敵味方が入り乱れる時代の中で、
したたかに生きるお姫の物語から
女子大のせんせい、鹿島茂せんせいは
女性たちに賢く生きろとのメッセージを織り込んでいます。




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